三河地震・大井公国民学校校長先生の疎開日誌    8、

Posted at 13/01/09 Comment(0)» Trackback(0)»

名古屋市大井国民学校集団疎開日誌
  付集団疎開解散後廃校に至る
      故村田茂校長日記帳より
       棚 橋 春 夫 寫
10月2日
    午前中児童と宿縁寺境内 竹切れの取方付をなす。
10月3日
    名古屋勤務、本日より橘校を借りて残留組の授業をなす。

10月5日
    名古屋勤務、橘校にて中区校長会、雨は朝から激しく3時半頃
    帰宅のため、金山橋にいきたるも有松以東不通のため橘校に泊る。
10月7日
    午前中寮勤務、明日より御影奉護のため岡崎大樹寺の
    波寄の宿舎に一泊す。
10月8日
    雨天、朝7時、山本(波寄)校長と共に大樹寺を出て挙母廻りの
    電車にて平戸橋駅にて下車、ここよりバスにて足助に至る、
    途中土砂崩壊す。バス通行危険なるところ数ヶ所あり、
    足助より上り山道1里半にして目的地阿櫂村大鷲院に
    着き交替す(1時40分)
10月9日
    今日も雨止まず、朝学校に行き挨拶して帰る。
10月10日
    午後2時大鷲院出発、大樹寺へ5時15分着、これより市電にて
    羽根着、西尾行きバスにて7時10分家に着く。
10月11日
    各寮を巡視す。
10月13日
    名古屋勤務、集団疎開帰還期を30日の予定を市の了解を得る。
    帰りて山田、杉山、富田の三氏を訪問して疎開解散につき打合わす、
    但し山田 会長多忙のため面会出来ず。市より寮へ来客二名。
10月14日
    西浅井白山神社例祭につき午後2時より式に参列す。
10月15日
    集団疎開解散に関する事務のため、名古屋行を見合せ方法上の
    協議をなす。
10月16日
    午前10時より上永良郷社神明社例祭に参列。
    午後2時より疎開解散に関する職員会を行う。
10月17日
    東幡豆の江西校長を訪れ、幡豆郡疎開校長会中止の件につき了解を求む
10月18日
    学校のバリカンを修理、夕方、富田、大塚、山田(庄)の3氏本部へ
    児童帰還に付ての連絡のため来寮さる。
10月19日
    集団帰還連絡のため市役所へ行く、山田会長より懇談会のため
    金壱千円受領す。
10月20日
    集団疎開引上げ報告のため警察、事務所へ行く。
10月21日
    疎開解散となるに付、傭人退職手続きの書類調整す。
10月22日
    午前中、福浄寺、妙喜寺に於て震災死亡学童に告別のため寺詣り。
    午後専念寺、長円寺へ行き院主、及び傭人に疎開解除の挨拶をする。
10月23日
    名古屋勤務、俸給受領書類整理の上、市役所へ行く。
10月24日
    名古屋勤務女子青年学校山田日出世資格講習会出席の旨市へ届出。
10月25日
    児童長谷川明の件にて神戸校宿舎訪問、長谷医院及び
    牧野医院へ集団解除の挨拶を行ふ。
10月26日
    各寮共羽角山に茸狩す、午後4時より三和学校職員と
    送別会のため招かる。
10月27日
    午前11時より集団疎開につき地元に対する感謝会を開く。
10月28日
    帰還荷送り及び馬車一台を出す。
10月29日
    三和小学校にて疎開児の告別式。
10月30日
    午前8時宿舎出発、帰還の途につく、午後1時金山橋駅着。
    学校運動場に至り解散す、解散後市役所に行き報告す。
10月31日
    聯区各方面へ疎開の御礼のため廻る。
11月1日
    専念寺及び長円寺へ見送りの礼のため訪問後名古屋へ出勤。
    東賀茂郡阿櫂村より御影奉還御迎を岡本訓導に依頼。
11月2日
    聯区内に於て授業場を物色し適当のものなし、富田氏、
    大塚氏と共に風呂屋を見る。
11月3日
    運動場に於て午前9時より明治節挙式。
11月5日
    疎開児授業場として盲人会館を1,2,3年用として
    借入れるため坪井氏を訪問す。
11月6日
    市役所に岩井視学を訪へども不在。
11月7日
    今朝疎開児動荷物到着の予定なるも来らず。
11月8日
    本日も荷物来らず。
11月9日
    荷物不着のため、登校の途次、平坂に廻り様子を見る、
    明日多分到着すべしとの事、午後2時より富田氏宅にて
    集団疎開解散慰労会に招かる。
11月10日
    腹の具合悪しき為早退、午後2時頃疎開荷物が到着するが
    明日陸上げとす。
11月11日
    荷下しがあるので顔を出し直ちに帰る。
11月12日
    三和国民学校より甘藷30貫購入。
11月13日
    出勤途中腹痛のため欠勤す。
11月14日
    橘校にて中区校長会。
11月15日 
    国民学校職員に関する調を調製す。
11月17日
    山田、杉山、富田氏訪問。
11月19日
    女二商へ行き学校焼跡の耕地返済方交渉成立。
    山元松枝校長と上名古屋校訪問。

11月22日
    富田、大塚、両氏と共に蟹江へ疎開解除につき謝礼する。
11月24日
    俸給受取り。
11月26日
    元本校、内藤みな子一宮の空襲にて去る7月28日壕内にて
    死したる旨、一宮市天道町1-25石原保太郎氏より通告あり、
    直ちに一宮へ出掛けた、死亡せしはみな子の妹典子と判明、
    何れも一宮第二国民学校の児童なるに付、同校に依頼して帰る。
11月27日
    市役所に行き一宮の件報告。
11月28日
    白山神社新嘗祭(甘酒祭)
11月29日
    市役所へ行く。
12月1日
    午後1時より橘校にて校長会。
12月3日
    昼食後 職員会。
12月4日
    市役所に岩井視学訪ふも不在。
12月5日
    市役所にて岩井視学と増傭の件、転任の件相談す。
12月6日
    亀島校長を訪ねたれども不在。
12月7日
    亀島校長訪問、午後1時より中区校長会、給食、増傭の件。
12月8日
    給食の準備。

12月10日
    本日より給食―カード者だけ但104個のパンなる
    につき順番、幅下校にて新教育方針の講習会あり。
12月11日
    小学校の年末賞与の通知あり。
12月12日
    小使等の年末賞与の書類提出。
12月13日
    パン給食領収証発送。
12月14日
    伊藤(市経理課)来校、所得税金免方を依頼す。
12月15日
    午後3時より中区東田町乾徳寺にて中区長(玉堂四郎)
    の招待あり。
12月17日
    橘校にて中区南部校長の市主催懇談会、年末賞与通知書。
12月18日
    年末賞与の調書提出。
12月19日
    雪降り1尺も降る、今村にて1時間待つ、
    学校へ11時10分に着く、終業式を終る。
12月20日
    年末賞与けってい、本日より1月10日まで冬休み。
12月21日
    職員特別賞与の通知来る。
12月22日
    豊場新田にて中区校長会忘年会、校長特別賞与通知あり。

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