67回三河地震法要西尾市江原町・妙喜寺

Posted at 13/01/14 Comment(0)» Trackback(0)»

 2013年1月13日67年前に起きた「三河地震」の法要があった

参詣者は30人足らず、しかし東京からテレビ朝日、地元から東海テレビの

取材があり当時の体験者の生々しい「証言」を取材された

年々確実に少なくなっていく中で、戦時下で「報道管制の中」

市井の庶民たちはどう生き延びたのか?

原発、津波、地震・・・世界から日本中から援助の手は差し伸べられては居るが

被災者たちの本当の力になっているのか・・・

 戊辰戦争で会津藩はあえて津軽海峡の「斗南」への道を選んだ

餓死するもの、離反するもの多数出るが「日新館」を再建し

子弟の学び舎を復活させた「ならぬものはならぬ」が

「なせばなる」ことを東北の人たちは知っている

「阪神、淡路」「新潟」「東日本」その前に「東南海」「三河」

われわれは過去にいくつものの学習をしてきたはずであった・・・

余り生かされていない?

 政治家も、学者も、本当にこの國のことを考えているのだろうか

しかしながらいつも、こんな馬鹿者揃いの連中に頼らない

賢い民衆がこの國を背負って来たのは事実である。

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