空を飛んだ喜八少年 還暦のたび 七 幣立神宮

Posted at 07/09/06 Comment(0)» Trackback(0)»

カラス君の「試験」も無事終了。

七谷氏は高天原へ案内してくれた
まずは「幣立神宮」民族の故郷・大和の本宮としるされている。

九州の皆さんにとっては「伊勢神宮」とこの「幣立神宮」は
どんな位置関係になるのだろうか。

逆に私ども本州の人間からはどう見ればよいのか?
以外に考えたことが無かったように思える。

我ら大和民族として歴史を作り始めるにあたり、
まずはここ高天原に立ち
(神武以前はまた別に考えることとして)

国造りをめざして日向へそして瀬戸内海、熊野より大和へ。。。

古事記・日本書記紀元二千六百六十六年、
キリストの生まれる前からの暦を持つ「日本国」
2666-2006=660年もの古い歴史を持つことになる。

いま日本人がこのことをどう思っているのか。
「誇りと思う」のか、「ああそうですか」ぐらいに思うのか、

この「差」は随分と「温度差」のあるところであろう。

この歴史ある島国、海に囲まれ
「水と緑が豊かに贅沢をしなければ山の幸、海の幸に恵まれて、

自然と仲良く暮らす術(すべ)をみにつけた
優しい大和民族」

マアそう考える原点が「幣立神宮」とするならば、

一度はここから日本国を考えてもいいだろう。

この「神武東征」と「赤米の伝播」
「天皇家の勢力図」が見事に「重っていく」

昨年(2665年・平成十七年)対馬での
「朝鮮通信使・シンポジュウム」の参加。

そしてそのかたわら対馬豆酘村の豆酘崎から日本海をみて
「多久頭魂(たくつたま)神社」に参拝
「ご神田(赤米)」に辿り着いたとき。

日本と朝鮮半島の「えにし・ご縁」をひしひしと感じたのを思いだす。

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