空を飛んだ喜八少年 還暦のたび 弐

Posted at 07/09/04 Comment(0)» Trackback(0)»

 さてさて一路、長州へ
倉吉・大山・米子・安来・松江・出雲と過ぎた所で

気になる看板「荒神谷史跡」つい寄せられて行くのが旅人の好いところ、
すごい所へ来てしまった。

出てきた銅剣358本・銅鐸6個・銅矛16本も出土、
公園整備され古代復元住居・古代農耕地・2000年ハス・
勿論博物館・ハスの種2粒で100円頂いてきました。

レプリカの銅剣、銅矛は手袋をして持つ事ができ、
思ったより重かったのでびっくりでした。

次は石見銀山へ、世界的に有名なこの銀山がどんな形で掘り出され運ばれていたのか、
一度見たかった所ではあったので今回はラッキー、
でも終了時間は迫っていたので資料館しか見る事ができなくて残念でした。

帰り際学校帰りの小学生に元気よく挨拶されとても気持ちがよかった。
サア楽しく旅が続けられるぞ。

津和野も行きたい所ではありますが、
なぜか今年は松下村塾が気になっている旅人である。
          
吉田松陰、高杉晋作、坂本竜馬、志を持って国のために命を捨てた男たち、

どんな時代でも自分の保身のみに生きる輩、
貧しくとも志しを持って最後まで通せる強い意志があるか、

六十になって一回りやっと振り出しなのかもしれない、

このあと旅人はどんなたびをして幕を引くのかその探したびかもしれない

伊勢神宮の元少宮司H先生にご縁を頂いて

3回そば打ちを伊勢でさせて頂きました。

今年一月九・十日鳥羽の答志島の中学校で一三〇人の蕎麦教室をした後

どうも気になって寄ろうか寄らまいかと悩んだ挙句、

内宮、外宮を夕闇迫る中参拝して帰りました。

先生はその十四日に逝去されました。

全てに、かん口令が出され「皆様にご迷惑、貴重なお時間を頂けない」との事で

この瞬間にご縁をとざされました。

潔いというのかご自分の幕引きのよさをなされる勇気、

小生は、よい師を頂いたと感謝したい。

三回もお招き伊勢とのご縁を頂いたこと旅人には過ぎた果報でした。

人はこの世と別れるときに淡々とこの様に出来るものだろうか。

いやいやそうではなろう。

いざ皆様と永久のお別れをするに

一人寂しく旅立つ勇気もこれからトレーニング?

までもいかなくっても、

まあ少し頭のどこかに意識をしながら旅をしていた方がいいかも知れない。

旅人は何時何処で酔っ払って道路で寝ているのか分からないと思う

これは自分自身が一番そう思っているのが現状である。

多分車に惹かれてお陀仏辺りがおいらには良く似合う所かもしれない。

それで志はあるのか?と言われると返事に困る私ではありますが・・・
 
 朝もやの はき清められ 鳥居かな
  松蔭と 眠るは晋作 萩の宿
  狭くとも 良き師と弟子は いとわずや    
  貧しくも まさるものなし こころざし
  維新とは 人がまっこと 竜馬かな

松下村塾へ急ぐ

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