空を飛んだ喜八少年 還暦のたび 壱

Posted at 07/09/04 Comment(0)» Trackback(0)»

旅人の還暦旅日記 死出(志で)へのたび衣
                              其の壱
二六六六年 弥生七日
 尾張年(あ)魚市郷(ゆちごうり)千竈村より旅に出で、
岐阜、大垣、関が原古戦場、長浜、小谷城、姉川の戦い、
雨森芳洲庵、賎ヶ岳の七本槍を遥拝し、

今津より昨日降った雪の中を北陸は小浜へ、
福井県立若狭歴史民俗資料館を訪れる。
北陸の厳しい中にも正月をお祭する心が素晴らしかった。

塩作りに対する展示はどこも感心させられる、
わが千竈村も塩作りの地であるからだ。
塩を作る事、即ち人間が生きる事に他ならない事なのである。

今も昔も人が生きるということはあまり変らないかもしれない。

舞鶴にて引揚記念館を見学、正に「岸壁の母」「異国の丘」である。
旅人も終戦の生まれ目頭が熱くなる。

 はる霞 お市の方や 小谷城
 啓蟄や ほんとにいたぞ てんとう虫
 春風や 還暦のたび いそいそと
 朝もやの オブラートの中 陽の光
 啓蟄や まだまだ雪の 琵琶の瑚

宮津にて故江碕公朗さんの最後の著書「尾三の女たち」を香山先生に届けるべく
天橋立へ急ぐ時間がなく「ちりめん問屋」の山崎さんにおあずかりねがう。助かった

 丹後半島横切って豊岡、鳥取へ五時には着いて
松露の栽培に成功した浜根農園の皆さんと、
一人打ちの蕎麦教室が待っている。
とにかく寄り道はできない、ようやく辿り着きました、

やれやれ・・・二十人ほどの皆さんとビニールハウスの中でたのしく、

おいしい蕎麦を打つ事ができ、皆さんお喜びでした。

こんな田舎にハワイ温泉があるということで浜根さんのご好意で
「山陰の水郷・はわい温泉・ニュー高橋」さんでお世話になりました。

 おいとまをしてと思い階段を降りかけた時、
まだ新しい機織機を見てしまいました。

その話をした瞬間お上さんの目が曇りました。
二十五才で白血病でなくなったお嬢さんのものだった。

つらい話をしてしまったがこれも人生、堪忍して下さいね。と・・・

浜根のお婆さんにお別れのあいさつをすませ 
お土産に四,五種類のサツマイモと長いも・
お爺さんから頂いた地元で作られたワインを銀治先生のお土産に、

一路長州へ・・・

 松露生み 大かざぐるま 日本海
 黒松や 大砂丘に 松露かな
 はたおりや かなしき思い 残し布
 サツマイモ 赤白きいろ むらさきも
 伝説も 神話もすべて この出雲

季語の無い俳句も気がひける

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