第六部 対馬から朝鮮へ

Posted at 07/08/22 Comment(0)» Trackback(0)»

 喜八少年とヤタクンは
 お天気が良くなった日本海を
 釜山目指して飛んで行きました
 
 喜八くんやヤタクンは知らないことですが
 この対馬と釜山の距離は十二里余り(49.5km)で
 そんなに遠くはないどころか、とても近いのでした
 しかし海があれるととてもこわいのです

 朝鮮の訳官使一行一〇八人が
 元禄一六年二月五日朝
 対馬の北部、鰐浦の直前で急変した天候で
 全員死亡
 するという大参事があったり

 対馬藩の儒学者雨森芳洲は日本と朝鮮の平和外交に
 そして朝鮮通信使の架け橋に何度もこの海峡を往復
 して朝鮮語・中国語の「辞書」まで編纂した
 素晴らしい人物がいました

 しかし海は穏やかな時はよいのですが
 一度あれると容赦なく人の命を
 呑み込んでしまいます

 遠くは遣隋使・遣唐使が命がけで
 この海を渡り国造りをしました

 さて二人は順調に釜山に向って飛行しました
 だんだんと陸地もはっきりと見えてきました

 港には
 大きな船がなん十艘もの船が係留され
 大きな荷物も忙しく運ばれていました
 活気のある港です

 喜八少年も熱田の港で大きな船はみたことは
 ありましたがこんな大きな船ははじめてでした

 その向こうには長いながい行列が続いています
 うしろのほうは見えないぐらいながいのです
 ヤタクンも喜八くんも
 こんな長い行列みたことありませんでした

 それも日本ではみたことのない
 きれいな衣装です
 おおきな旗には「清道」とかかれています
 さらにおおきな龍の絵が画かれたものもあります
 赤い色が多いのでとても良く目立ちます

 屋根のある輿にのった見るからに
 立派な人から
 馬に乗って指図をしている人
 荷物を運ぶ人
 ざっとみて五百いや六百人はいるかとおもわれた
 あれが「朝鮮通信使」の一行様か
 と喜八はおもった

 行列がとまり休憩となりました
 「ヤタクン降りてご挨拶しようか」
 「そうだね あそこがあいてるから
 ちょうどいいよ」

 大きなカラスと子どもが
 とつぜん空から降りてきたので
 大騒ぎになりました

 輿に乗っていたのは「正使」といって
 朝鮮王朝の「国書」をはこぶいちばん偉い人でした

 喜八は対馬藩のお殿様から
 あずかった手紙をご家来に渡すと
 正使はそれを読んでにっこりと笑って
 喜八を近くに呼ぶように家来に言った
 喜八は正使の近くにより
 宗家のお殿様から云われた
 道中気をつけて下さいとのおきもちを
 お伝えしました

 正使様は
 「お手紙の中に有難いこころずかいが
 かいてありました」
 「これからどちらへ行かれるのか」と
 おたずねになりました

 「はいこれから、熊野本宮大社の宮司様と
 対馬藩主宗家のお殿様のお手紙を
 慶州の仏国寺のご住職様にお届けに参ります
 「それはそれは大儀じゃようこられた」
 「私からも一筆したためましょう」

 といってさらさらと
 お手紙をお書きくださいました
 「お寺におつきになったら
 ご門のところでお渡しなさい
すぐにご住職にお会いできますからね」

 喜八は内心これからどうしようかと
 おもっていたところでしたので
 ほっと楽な気持ちになりました

 正使様は
「仏国寺は
 もうそんなに遠くはないから安心なさい」
 ヤタクンをみて
 「本物の八咫烏ですか
 良く飛んでこられた
 さすがに熊野の八咫烏ですなァ」
 と感心しきりである

 ご家来の人達はヤタクンに触ったり
 両手を広げて大きさをはかったりして
 たいへんな騒ぎになってきました

 ヤタクンは嫌がらずに我慢をしていました
 「そろそろ仏国寺へ参ります」
 「そうじゃなお役目ご無事に果たせますように
 念じておりますぞ」

 二人は楽しそうに空に飛んでいきました

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